俳諧詩とは
|
俳句趣味に基づき、昭和10年代に書かれた自由詩をいう。 *『俳諧』 角川書店『俳文学大辞典』より |
投扇興 松本たかし あらたまの 春の遊びの數ある中に 投扇興こそめでたけれ そも投扇の始りは 彼のもろこしの邯鄲の むかし語りにあらねども 其扇(きせん)といへるあづま人 仇しうき世を一まどろみの 覚めてはかなき枕の上に 夢か現かとび来し蝶を 心にくしや美しやとて 扇投げしが起りとかや 古き都の鎌倉山の 睦月ながらに日もはなやかの 梅に椿に身をかくれ家の 草の庵のひと間の内に をとこをみなの若やかなるが 春著被つれて集ひゐて 備後表のにほへる上に 緋毛氈をばはらりと敷いて 色叙高ノ蝶立て置きて 五色五枚の扇をひらき 眼もと細めてキをねらひ ちようと放てばーあら麗はしや 花の扇はひらりと舞うて 蝶にあたればもつれて飛んで はたと落ちて、いと亂れて えいやつと極る形のおもしろや 吉野龍田の花か紅葉 更科越路の月か雪か 蝶と扇とたはぶれ寄りて つくる形のそのいろいろに 五十四帖の名もなつかしや 謡 空蝉のむなしき此世をいとひては 夕顔の露のいのちを観じ わか紫の雲の迎へ 末摘む花の臺に坐せば 紅葉の賀の秋の落葉もよしやたヾ ほふる扇のいきほひ過ぎて 山越え山越えせんもなや みをつくしたる思の果てに 花散る里を別るるとても めぐりぞ逢はん渚せの 藤のうら葉のうらみもとけて 吹くや松風うす雲はれて 須磨に明石に照る月かげの 波の浮舟いづくをさして 漕ぎゆく方にたつや夕霧 はつ春の 草の戸ぼその日もうらうらと 投扇興こそのどかなれ |